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【中2社会-歴史】「江戸の産業と文化」の重要ポイントをピックアップし、勉強方法を紹介!

中学2年生の社会の歴史では、「江戸の産業と文化」という単元を学習します。

そこでこの記事では、この単元が苦手という中学生やそして中学生に勉強を教える親御さんのために抑えておくべき重要なポイントをわかりやすくまとめたので参考にしてください。

産業の発展(農業、交通、商業 )

江戸時代の産業の発展をそれぞれの分野で重要なポイントをまとめました。

農業の進歩

幕府や藩は、年貢(現代の税金にあたる年貢米)の収入を増やすため、用水路を造ったり、海や広い沼地を干拓したりして、大きな新田を開発していきました。

「農業全書」という生産性を高める技術に関する本がつくられた事によって近畿地方の進んだ農業の技術が各地に伝わり、深く耕すことができる備中ぐわや、脱穀を効率的にする千歯こきなどによって生産力があがりました。

都市では、織物や菜種油しぼりなどの手工業が発展したことによって、農村では、その原料となる麻・綿・あぶらな・こうぞ・みつまたなどの商品作物の栽培が広がりました。

また、布や紙を着色するための染料としては、阿波の藍や出羽村山地方の紅花、宇治の茶、紀伊のみかん、備後のいぐさ、薩摩のさとうきびなどが生産され、地方の特産物になっていきます。

交通

幕府は交通路として、五街道や、脇街道と呼ばれる主要な道路を整備しました。

五街道とは、江戸と京都とを結ぶ以下の道です。

  • ①東海道
  • ②中山道
  • ③甲州道
  • ④日光道
  • ⑤奥州道

東海道の箱根や新居、中山道の碓氷などには人々の通行や荷物の運送を監視するため、関所を設け、街道には宿場が置かれ、運送用の人や馬を置けることが義務付けられ、幕府の用務に使われました。

宿場にもランクがあり、主に本陣と旅籠に分かれていて、本陣は幕府の役人や大名が宿泊し、旅籠は庶民が宿泊し、参勤交代の行列や旅人が利用しました。

諸産業の発達にも支えられ、陸上や海上の交通路が全国的に整備され、港町や宿場町、門前町などの都市が栄えました。

江戸が大都市として発展していくにつれ、生産力の発達していた近畿地方の物資を、大阪から江戸に大量に運送するため、海路が運送の中心になっていくようになります。

17世紀中ごろからは、定期船が往復するようになり、菱垣廻船という木綿や油、しょうゆを運ぶ船や、樽廻船という酒を運ぶ船などがありました。

また、江戸の町人であり政商であった河村瑞賢は、東北地方や北陸地方の年貢米を大阪や江戸に安全かつ効率的に運送する新しい海運ルートとして西廻り航路や東廻り航路を開きました。

商業

江戸時代の17世紀後半において、江戸・大阪・京都のが三大都市です。

「江戸」は「将軍のおひざもと」と言われる将軍の城下町で、18世紀の初めには人口が約100万人にのぼる世界最大級の大都市に発展します。江戸に設けられた諸藩の江戸屋敷には、全国から多くの武士が集まり、その生活を支える商人や職人も増加しました。

「大阪」は「天下の台所」と言われる全国の商業の中心地で、北陸や西日本の諸藩は大阪に蔵屋敷という倉庫を備えた邸宅を置き、年貢米や特産物を販売していました。

「京都」は「古都」といわれる朝廷や大きな寺社がある古くからの都で、学問や文化の中心でもあり、手工業も盛んで、西陣織、京焼など、高い技術で優れた工芸品を生産していました。

都市では、問屋や仲買などの大商人がいましたが、株仲間という同業者組織を作り、幕府の許可を得て営業を独占するようになりました。

そのころ流通していた貨幣は、主に東日本では金、西日本では銀と別々に流通していたため、両替商が金銀の交換や金貸しによって経済力を持つようになりました。

元禄文化(文芸、学問 )

幕府の政治が安定すると、日本の歴史や「万葉集」、「源氏物語」などの古典に関する研究が進みます。

御三家の水戸藩主であった徳川光圀は、「大日本史」を作成するため、全国から学者を集め作成を命じました。

綱吉や新井白石が儒学と関係が深かったように中国の儒学の古典を研究する学問も始まりました。農学・天文学・数学においても、独自の発展が見られました。

京都や大阪を中心とする上方では、都市の繁栄を背景に、経済力を持った町人をにない手とする新しい文化が栄えました。

これらの文化をこの時期の年号から、元禄文化といいます。

井原西鶴は、武士や町人の生活を基に小説「浮世草子」を書き、人形浄瑠璃(においては、近松門左衛門が心中など現実に起こったリアル事件を基に台本を書き、庶民の共感を呼んだようです。

歌舞伎は演劇として発達し、上方に坂田藤十郎、江戸には市川団十郎などの名優が現れます。

俳諧(俳句)では、松尾芭蕉が自己の内面を表現する新しい作風を生み出し、全国を歩いて「奥の細道」などを執筆しました。

化政文化(文芸、絵画)

19世紀の初めの文化は、中心地が上方から江戸に移りました。

おもに第11代将軍の徳川家斉の時期に、庶民をにない手として発展した文化で、文化・文政年号の化と政をとって、化政文化といいます。

現代でも人気が続いていますが、歌舞伎は舞台や演目が工夫され、落語などを楽しむ寄席が数多く造られ、大相撲も人気を集めました。

大相撲は庶民だけでなく第11代将軍の徳川家斉も江戸城に力士をよび観戦したこともあったようで、大人気になったようです。

江戸を中心に発展した庶民をにない手として発展した化政文化は、徐々に地方にも広がっていきました。

浮世絵の技術もこの時代に進化します。まず、鈴木春信は、錦絵と呼ばれる多色刷りの版画を始めます。

この錦絵が大流行し、東洲斎写楽は人気の歌舞伎役者の絵、喜多川歌麿は美人画、葛飾北斎や歌川広重は風景画に優れた作品を残しました。

これらの作品は、その後ヨーロッパの絵画にも大きな影響をあたえます。この影響をジャポニズムといい、オランダ人画家のゴッホもその一人で、歌川広重の浮世絵をまねた油絵を好んで描いたようです。

文学では、幕府を批判したり世相を皮肉ったりする川柳や狂歌が流行しました。

また、貸本屋が発達し、十返舎一九の「東海道中膝栗毛」や滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」などの長編小説が多くの人に読まれました。

伝統的な俳諧(俳句)では、与謝蕪村が絵のように風景を表現したり、小林一茶は農民の素朴な感情を詠んだりしました。

また、庶民も旅行がしやすくなり、湯治や観光をかねた寺社参詣が盛んになりました。

江戸中期の学問・思想

江戸中期、化政文化の時代、京都や大阪などでは、学者が私塾を開くようになります。

武士だけでなく町人や百姓の入門も許されるようになり、学問や思想が発達します。

江戸時代の教育

医学の勉強も大阪の医者であった緒方洪庵が適塾を開き、日本全国から弟子が集まるようになりました。

長崎では、オランダ商館の医者シーボルトが医学塾を開き、手術などを行って見せました。地方の諸藩では、 藩校を設け、武士に学問や武道を教えて人材の育成を図りました。

そして庶民の間にも教育への関心が高まり、町や農村に多くの寺子屋が開かれ、読み・書き・そろばんなどの実用的な知識や技能を教えました。

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