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【中1社会-歴史】「飛鳥・奈良時代」の重要ポイントをピックアップし、勉強方法を紹介!

中学1年生の社会の歴史では、「飛鳥・奈良時代」という単元を学習します。

そこでこの記事では、この単元が苦手という中学生やそして中学生に勉強を教える親御さんのために抑えておくべき重要なポイントをわかりやすくまとめたので参考にしてください。

聖徳太子(厩戸皇子)の活躍

聖徳太子は、 6世紀末頃に天皇を中心とする政治のしくみを整えた人物です。

「聖徳太子」という名前は死語に付けられたもので、本名は「厩戸皇子(うまやとのみこ、うまやどのおうじ)」や「厩戸王(うまやとおう)」です。

聖徳太子が行った政治改革

聖徳太子は、摂政という役職についていました。
摂政とは、天皇が女性や子どもだった場合、天皇に代わり政治を行う役職です。

当時の天皇は、推古天皇という女性でした。即位する前は、大和政権の蘇我氏や物部氏などの豪族や、地方の豪族が反乱を起こして争っていたため、この争いをやわらげるためだったとも言われています。

聖徳太子は、蘇我氏の蘇我馬子と協力しながら天皇中心の政治改革を進めました。

①「冠位十二階」
家柄にとらわれず、能力や功績のある人物を役人にとりたてるしくみです。

②「十七条の憲法」
仏教や儒教の考えを取り入れ天皇につかえる役人の心構えを明示しました。

③「遣隋使の派遣」
隋の制度や文化をとりいれるため、小野妹子らを隋へ派遣しました。

隋というのは、聖徳太子の時代に中国を支配していた当時の国名です。6世紀頃に南北朝を統一して強大な帝国を築いていました。

また、朝鮮半島では、6世紀に百済や新羅が大和政権と交流のある伽耶地域の国々を併し、7世紀半ばすぎ、新羅が朝鮮半島を統一するようになっており東アジアの変動が起きています。

大化の改新

645年に大化の改新が起き、日本初の元号が誕生します。大化の改新が生まれる流れはしっかり理解しておきましょう。

聖徳太子の時代は、天皇中心といいながらも、実態は豪族が土地や人々などを支配していました。

これを改革したのは、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)で、645年に中臣鎌足などとともに豪族の蘇我蝦夷・蘇我入鹿親子をたおしました。

そして豪族による土地や人々の支配をやめて、国家が直接支配する形を目指す一連の政治改革のことを大化の改新といいます。

具体的には、当時隋の後に中国を統一していた唐の律令などの法律や、戸籍、税や兵役などの支配のしくみを参考に、公地・公民制度として、国家による権力の集中が目指されました。

関連して、朝廷や地方の整備が改められ 戸籍の作成や、外国との戦争に備えて西日本の防備の強化などを行いました。

大宝律令

大宝律令は701年に唐の律令にならい制定された法律です。これにより全国を支配するしくみが細かく定められました。

「律令」とは政治を行う上での法律のこと
「律」は刑罰のきまり
「令」は政治を行ううえでのきまり

律令にもとづき政治を行う国家を律令国家と言います。
またその中央政府を朝廷といい、日本では天皇と貴族が中心となり運営しました。

平城京と都の繁栄

710年に平城京が唐の長安にならって奈良盆地に作られます。以後の80年あまりを「奈良時代」といいます。

平城京は、天皇の住居や太政官をはじめとする役所や役人、市場を中心に都の整備が進められましたが、一方で地方を含む全国を支配する整備も進められました。

中央に2官8省を設置し、五畿七道を整備し、九州拠点として太宰府を、東北拠点として多賀城を設けました。

それ以外の地方は、国(国司)・郡(郡司)・里(里長)に区分され、国司は、中央の貴族が任命され、国ごとに派遣されました。

郡司は、国司の下におかれた役人で、地方の豪族が任命されました。

奈良時代の土地政策

大化の改新で登場した天智天皇(即位する前は中大兄皇子)は、初めて全国の戸籍をつくったと言われています。この準備をへて奈良時代の律令国家のもとで、本格的に運用整備されるようになります。

戸籍には、良民(りょうみん)と奴婢(ぬひ)などの賤民(せんみん)に分けて登録されていたようです。

6歳以上の全ての人々には、その身分に応じて口分田(くぶんでん)という農地があたえられ、その面積に応じて祖(そ)という稲の物納による税負担を義務付けられました。

班田収授法

口分田は、その人が死ぬと、国に返させる仕組みになっており、この土地制度を班田収授法と言います。

班田収授法により口分田を与えられた人々には、様々な税の負担が課せられました。祖以外にも調・庸の税、雑徭などの労役、防人などの兵役が義務化されました。

<税や兵役の義務>
租(そ) =収穫量の約3%の稲を納めさせる税
調(ちょう) =絹や糸、地方の特産物などを納めさせる税
庸(よう) =労役の代わりに、布(麻布)を納めさせる税
雑徭(ぞうよう) =国司のもとで労役を行う義務
防人(さきもり) =九州北部の防衛につく義務

墾田永年私財法

墾田永年私財法は、743年に出された法令です。

人口の増加に伴い口分田が不足してきたため、朝廷は、新しく開墾した土地は、永久に自分の土地にしてよいことを認めた法令でした。

墾田永年私財法が制定されたことで、力のある貴族や寺院の私有地が各地に広がっていきました。この貴族や寺社の私有地のことを、荘園といいます。

「荘(しょう)」は、当時私有地の管理のための事務所の呼び名だったことに由来しています。

こうして、公地・公民の原則は崩れ出していきます。

聖武天皇と仏教の広がり

奈良時代には、唐の制度や文化を取り入れようと十数回の遣唐使が派遣されています。

そのため、平城京を中心に栄えた、仏教と唐の影響を受けた貴族中心の国際的な文化という特色があります。

聖武天皇と光明皇后は、仏教の力で国を守ろうとして、国ごとに国分寺(国分尼寺)、都には東大寺を建て、東大寺に金銅の大仏を造らせました。

また、奈良時代に仏教を広めた僧として、鑑真と行基は要チェックです。

鑑真
何度も遭難し、盲目になっても日本にわたってきた唐の僧で、正しい仏教の教えを広めました。「唐招提寺」は、来日した鑑真が開いた寺です。

行基
一般の人々に布教し、橋や用水路をつくりました。

また、奈良時代の文化は、聖武天皇の元号にちなんで天平文化と言います。

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